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満州鏡泊学園

鏡泊学園という学校の名前をご存じだろうか。
開校してたった三年という短い歴史の学園だが、
国士舘にとっては重要な存在だ。
わが国士舘中学・高等学校の姉妹校でもある。

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鏡泊湖で水泳訓練を行う学園生

実は、この学校は、二回にわたって産経新聞に取り上げられている。
一度目は平成22年(2010年)10月16日付の「紅陵に命燃ゆ」で
「荒野に理想の学園村目指す」として紹介された。
2度目は、本年(平成24年)2月27日の紙面で、
「父たちの満州」という連載記事で「湖畔の理想郷」として紹介されている。

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湖を渡るための船着き場

戦前、国士舘は世界に雄飛する青年の育成を行い、
ブラジル、満州の開拓にあたる学園を設立した。
それが、ブラジル高等拓殖学校(高拓)であり、また鏡泊学園である。

鏡泊学園は満州国認可第一号の学校として発足し、将来大学に発展させる予定であった。
しかし山田先生と学園生が匪賊に襲われ落命すると言う悲劇やその他の事情から
閉鎖の憂き目にあったのである。
その後も有志が残って学園の存続に尽力されたが、日本の敗戦にともない、放棄されてしまった。
国士舘同志が理想の実現を求めて活躍したことは、今日の国士舘人が忘れていいことではない。
実は、この学園を顕彰する碑が存在しているが、それは遠く那須の地にある。
昭和61年に学園の関係者が、国士舘のキャンパス内に設立することを懇請されたのだが、
当時の理事者はそれを許さなかった。

 

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南が丘牧場での記念碑除幕式(昭和60年)

そこでやむなく、学園関係者の岡村氏が経営していた南が丘牧場に建立することとなったのだった。

 

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山田邸の前にあったプラタナス

世田谷キャンパスにあるスズカケの木(プラタナス)は、鏡泊学園の関係者にとって縁浅からぬ木である。
当時先生方は学内に、舘宅として住まいを持たれ、学生と起居を共にされていたのだが、
山田先生の館宅の前にあったのがこのスズカケの木であった。
館宅は既に取り壊されてしまい、この木だけが山田先生の想い出である。
鏡泊学園の顕彰碑を、この木の側に建立してはどうかと思っている。